長崎県には、有名な軍艦島の影に隠れた、もう一つの炭鉱があるのはご存知だろうか?
かつて数千人がひしめき合った池島は、2026年現在でわずかな住民だけが残っていて、周りからは生きている廃墟と呼ばれている。
栄華を極めた島が、なぜ静かな恐怖の地へと変貌したのか…その真実に迫る!
今回は、軍艦島を越える?長崎県にある池島の静かなる侵食。2026年、最後の10人と消えゆく炭鉱の記憶とは?について紹介しよう。
九州最後の炭鉱の池島がたどった歴史
池島炭鉱は、他の炭鉱が次々と閉山する中で、21世紀までその火を灯し続けた奇跡の島と呼ばれていた。
1952年に池島の開発が始まり、最盛期の1970年には約8,000人もの人々が、この小さな島で暮らしていたのだ。
当時の島内には、病院や学校や映画館、さらにはボウリング場まで完備されていて、まさに海に浮かぶ近代都市だった。
安価な輸入石炭に押され、2001年に閉山を迎えた。
島を支えていた数千人の作業員とその家族が一夜にして島を去り、巨大なRC構造のアパート群だけが取り残されることに…。
軍艦島との違い
軍艦島が完全な無人島であるのに対し、池島には現在も数十人の元炭鉱員やその家族が暮らしている。
現役の暮らしと崩壊する廃墟が隣り合わせにある、世界でも類い稀ない空間になっているのだ!
軍艦島の記事も書いているので、ぜひ見て比べてほしい。

池島で起こる心霊現象とは?
池島では炭鉱ならではの、背筋が凍るような噂が絶えない。
以下にまとめたので見ていこう!
- 8階建てアパートの住民
- 炭鉱内の先導者
- 廃墟ツアーの怪異
誰も住んでいないはずなのに廃アパートの上階層から、夜な夜な子供のは走り回る音や、洗濯物を干すような音が聞こえるという。
そして坑道内での作業中に、本来そこにいるはずのない古い作業着を着た男に道案内されたという話が、元従業員の間で語り継がれているのだ。
この男は炭鉱事故で亡くなった先人たちが、この池島の炭鉱を守ってくれているのだと、私は思う。
近年、廃墟ツアーを訪れた観光客のカメラに、窓からこっちを見ている透けた人影が映り込む体験談が、SNSで広まっている。
かいくんきっと今でも炭鉱の中で、残留思念として残っているのかもね。
池島の大きな分岐点
閉山から25年が経過した今、池島は大きな分岐点に立っている。
潮風にさらされた巨大アパート群は崩落の危険が増し、立入禁止区域が拡大している!
現在も元炭鉱員によるガイド付きの「坑道探検ツアー」が行われていて、日本の近代化を支えた技術を学ぶことができる。
高齢化も進み、島が完全な無人になる日は近づいている。
しかし、その朽ちていく姿が美しいと感じる人も多いそう…。
こわちゃん池島は今、新たな観光地域として人気になってきているよ…
いかがだっただろうか
今回は、軍艦島を越える?長崎県にある池島の静かなる侵食。2026年、最後の10人と消えゆく炭鉱の記憶とは?について紹介した。
池島の廃墟が私たちに問いかけるのは、単なる恐怖だけではない。
それは、かつてこの国を支えてきた情熱と、それが去った後の圧倒的な孤独ではないだろうか?
池島に観光に行った際、岸壁に打ち寄せる波の音に耳を澄ませてみてほしい。
その音に混じって聞こえるのは風の悪戯か、それともかつての喧騒の残響か…。
池島の怪異は私たちに、かつてここに人がいたんだということを訴え続けているのかもしれない。
それではまた次回のお話で会おう。

