チェコの首都プラハから北へ、約47キロメートル走ったところに、鬱蒼とした森がある。
一見すると美しいルネサンス様式の城だが、この建築には不可解な点がいくつも存在する。
地元の伝承によれば、この城は外敵を防ぐためではなく、地面に開いた底なしの穴から這い出る怪物を封印するために建てられたとか…。
世界中のオカルト愛好家が地獄の門と呼ぶ、ハウスカ城の戦慄の歴史に迫っていこう!
今回は、地獄の門と呼ばれているハウスカ城の謎!?チェコにあるハウスカ城は、なぜ守るためではなく封印するために建てられたのか真相に迫る!について紹介しよう。
ハウスカ城の歴史
13世紀、ボヘミア王オタカル2世の命によって建てられたとされるハウスカ城だが、その構造は城としての常識をことごとく覆している。
城に備わっている多くの窓は偽物であり、実際に外が見える窓も内側の何かを監視するかのように作られているという…。
ハウスカ城は国境付近でもなければ、交易路を守る場所でもない。
かいくんハウスカ城の周りは、農地もなくて人も住める環境ではなかったんだって!
中央にある礼拝堂は、地獄への入り口とされる底なしの穴の真上に建てられている。
穴を塞ぐために重い石を敷き詰め、その上に神聖な礼拝堂を建てることで、悪を封じ込める作戦だった。
心霊現象はある?
ハウスカ城にまつわる心霊現象は、数世紀にわたって記録されている。
城の建設前に、穴の深さを測るために死刑囚をロープで吊るして降ろしたという記録も残っているのだ。
数分後、叫び声とともに引き上げられた囚人は、わずか数分間の間に髪は白くなり、数十歳老け込んだのだとか…。
穴の中に半分人間、半分動物の怪物がいた!と語り、数日後に息を引き取ってしまったのだ。
こわちゃん城の廊下では、首のない馬が走る音や、黒いローブを着た人影が目撃されているよ…
特に夜間、誰もいないはずの中庭から聞こえる鎖を引きずる音は、今も訪問者を震え上がらせているのだ…。
ナチスとオカルト実験
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツがこの城を占領していた。
彼らはここで、地獄の門の力を利用するためのオカルト実験を行っていたと言われている。
その時代の、負のエネルギーが今も建物内に留まっていると囁かれているのだ…。
現在のハウスカ城はどうなっている?
長年放置されていたハウスカ城だが、現在はその歴史的価値が認められ、管理されている。
観光地になり一般公開されているが、内部の見学は可能になっているというのだ。
礼拝堂の壁には世界でも珍しい、悪魔の象徴である左利きのケンタウロスを描いたフレスコ画が残されていて、その異様さを今に伝えている。
2020年代に入っても、城を訪れた人から「電子機器が突然故障する」や「急に激しい恐怖に襲われる」といった報告も…。
特に礼拝堂の下、つまり穴がある場所では今も、霊のいる数値が異様に高く観測されている。
いかがだっただろうか
今回は、地獄の門と呼ばれているハウスカ城の謎!?チェコにあるハウスカ城は、なぜ守るためではなく封印するために建てられたのか真相に迫る!について紹介した。
ハウスカ城が本当に地獄の門を塞いでいるのか、それは誰にもわからない。
しかし、ハウスカ城が持つ異様な構造と、数々の目撃談はここが単なる廃墟ではないことを物語っている。
もしハウスカ城を訪れ、この城の門をくぐるなら、足元の石畳に耳を澄ませてみてほしい!
もしかすると、床下深くから、数百年前に封印された何かの声が聞こえてくるのかもしれない…。
それではまた次回のお話で会おう。

