沖縄県那覇市にある旧海軍司令部壕。
ここは沖縄戦当時、約4,000人の将兵が潜伏し、最期を迎えた巨大な地下要塞なのだ。
ひめゆりの塔が乙女たちの悲劇を伝える場所であるならば、ここは極限状態に置かれた男たちの執念と絶望が染み付いた場所。
自決の際に壁をえぐった破片の痕、そして誰もいない部屋から聞こえるという不可解な音…。
この壕に刻まれた、歴史の深淵に迫る!
今回は、司令部の最期…沖縄にある旧海軍司令部壕の壁に刻まれた手榴弾の跡!?今も聞こえるタイピング音の謎に迫る!について紹介しよう。
旧海軍司令壕の歴史
この壕は、カマやツルハシを使った手掘りで作られた、全長約450メートルに及ぶ巨大な地下迷路だ。
4,000人もの人間が収容された壕内は、酸欠と湿気、そして死臭が漂う地獄絵図だった。
床で眠ることもできないため、立ったままの兵士もいたと言われているほど…。
そして、沖縄県民の勇戦を讃えた有名な電文がある。
大田実司令官沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ。
現代語訳:沖縄県民は、このように戦い抜いた。どうか沖縄県民に対して、後の世において特別な配慮を与えてほしい。
この電文は、旧海軍司令部壕から発信された。
幕僚室の壁には、自決の際に手榴弾が炸裂して飛び散った破片の痕が、今もそのままの形で無数に残っている。
ここで一旦休憩してください。気休めですが、私はいつもこれを横に置いて書いています!
旧海軍司令部壕の消えない音と影
旧海軍司令部壕もひめゆり同様、心霊現象というよりも過去の残留思念が強く残っていると言われている。
夜間、無人のはずの電信室からカタカタと電文を打つタイピング音が聞こえてくるという噂。
大田司令官が残したあの言葉を、今も誰かが打ち続けているのだろうか?
観光客が撮影した写真に、当時の軍服を着た人影が映り込むことが頻発している。
出口へ向かう階段で、背中を誰かに押されたという体験談もある…。
かいくん自決した跡がある部屋だけは、空気が重すぎて入れないんだって。
こわちゃんそりゃそうだよ…いろんな念が入ってるんだから…ククク…
現在の旧海軍司令部壕は?
現在は戦跡公園として整備され、私たちはその凄惨な現場を歩くことができる。
ひめゆりの塔に行った方がこの旧海軍司令部壕を訪れる人が多く、戦争の悲惨さを学ぶことができるというのだ。
今までに多く慰霊祭が行われ静かに守られているが、それでも地下の閉ざされた空間が持つ独特の圧力は消えていない。

いかがだっただろうか
今回は、司令部の最期…沖縄にある旧海軍司令部壕の壁に刻まれた手榴弾の跡!?今も聞こえるタイピング音の謎に迫る!について紹介した。
ひめゆりの塔が乙女たちの清らかな悲劇を伝えるのに対し、旧海軍司令部壕は逃げ場のない男たちの責任と終焉を伝えている。
ひめゆりの塔と旧海軍司令部壕を併せて知ることで、沖縄戦という全貌が初めて見えてくる。
もし那覇を訪れ、その重い扉を開けるなら、壁の痕跡にそっと目を向けてみて欲しい。
そこには、歴史が飲み込もうとしても消せなかった生きた証が、今も刻まれているから…。
それではまた次回のお話で会おう。
\ 読み終えて、肩が重いと感じた方へ… /

