鎌倉には多くの史跡や寺院が存在する。
しかし、その中で腹切りやぐらは少し性質が異なる。
観光地として整備されているわけではないが、立ち入り禁止されている場所なのだ!
本記事では、なぜこの腹切りやぐらは立ち入り禁止なのか、歴史はどういうものなのか調べてきた。
今回は、なぜ立ち入り禁止なのか…鎌倉の腹切りやぐらに残る歴史とは?について紹介する!
腹切りやぐらが新田義貞と関係がある?
結論から言うと、新田義貞が北条一族を自害に追い込んだ場所として深い関係がある。
1333年、新田義貞は現在の群馬県から挙兵し、破竹の勢いで鎌倉へ進軍してきた。
難攻不落と言われていた鎌倉の守りに対し、義貞は稲村ヶ崎の渡渉という伝説的な突破を成し遂げ、一気に市街地へ攻めてきたのだ!
かいちゃん渡渉は海を渡るって意味みたいだね!
義貞軍の猛勢により、幕府の拠点となっていた東勝寺(現在の腹切りやぐら付近)は火の海に…。
逃げ場を失った第14代執権・北条高時ら一族と家臣たちは、この寺の裏山にあるやぐらで自害し、140年続いた鎌倉幕府が幕を閉じた。
こわくんこの腹切りやぐらは古い時代の幕を閉じさせた終焉の舞台なんだね…。
なぜ腹切りやぐらは立ち入り禁止なのか
現在、この場所にはロープや柵が設置され、一般の立ち入りは禁止されている。
その理由としては、主に以下が考えられる。
- 崖地であり安全面の問題がある
- 崩落の危険性が高い
- 史跡保護のため
つまり、安全管理と文化遺産の保護が目的なのではないだろうか?
かいちゃん鎌倉幕府最期の地を壊したら大変だもんね…
腹切りやぐらで語られる体験談は?
一方で、この腹切りやぐらについては、訪れた人の恐怖の体験談もある。
- 空気が重く感じる
- 視線のような感覚
- 近づこうとしたら足が止まる
腹切りやぐらの近くを通っただけで、空気が急に重くなるといった話も…。
やぐらの方向を見ると、見られているような気配を感じるといった声もある。
物理的にいける距離ではあっても、無意識に距離を取ってしまう感覚もあるんだとか!
上記の体験談は、科学的に証明されたものではない。
しかし、似たような感覚が複数語られているというのが、何とも不気味なのだ。
現在の腹切りやぐらは?
現在も腹切りやぐらは、立ち入り禁止状態が続いている。
観光ルートからは外れた位置にあり、訪れる人も多くないのだ。
- 鎌倉の歴史の一部として存在し続けること
- 語り継がれる体験談が残っていること
上記のことを、必ず念頭に置いて観光に訪れて欲しいものだ。
こわくん絶対に荒らしたりしないようにして欲しい!
いかがだっただろうか
今回は、なぜ立ち入り禁止なのか…鎌倉の腹切りやぐらに残る歴史とは?について紹介した。
腹切りやぐらは、歴史と伝承が重なる鎌倉の大事な史跡である。
立ち入り禁止の理由は安全面と保護が重だが、違和感を語る声も存在する。
その説明できない感覚が、この場所の印象を強くしているのではないだろうか。
それではまた次回のお話で会おう。

