定山渓トンネルの女性の霊とバックミラーの白い影…札幌・南区に残る心霊の噂の正体とは?

定山渓トンネルという名前を、札幌で車を運転する人なら一度は耳にしたことがあるだろう。国道230号、定山渓温泉へ向かう山道の途中にある、古い定山渓トンネルだ。昼間に通れば、ただの山道の一部でしかない。だが夜、特に一人で運転している時にこのトンネルへ差しかかると、話が変わってくるという人が少なくない。

定山渓トンネルにまつわる噂は、決してひとつではない。女性の霊が出るという話を軸に、車内で子どもの声を聞いた、バックミラーに白い影が映った、といった体験談が、ドライバーたちの間で長年語り継がれてきた。北海道の心霊スポットをまとめたサイトや掲示板を見ても、南区・定山渓周辺のトンネル群は繰り返し名前が挙がる常連だ。

定山渓温泉といえば、札幌市民にとっては日帰り温泉や紅葉狩りで馴染み深い観光地である。そこへ向かう道の途中に、なぜ定山渓トンネルほど濃い噂を持つ場所があるのか。単なる作り話として片付けるには、語られている内容があまりに具体的で、しかも複数の人間が独立に似た体験を口にしている点が引っかかる。

この記事では、定山渓トンネルの歴史的な背景と、実際に語られている心霊現象、そして定山渓トンネルの現在の状況までを整理する。観光地のすぐ近くに、なぜこの手の噂が根付いたのか。その輪郭を辿ってみたい。

目次

定山渓トンネルの歴史と由来

定山渓トンネルという構造物は、国道230号の定山渓・中山峠間に位置する。この区間はもともと冬季通行が難しい山道で、豪雪地帯を貫く道路整備は長年の課題だった。当初は豊平峡を経由するルートが検討されていたが、豊平峡ダムの建設によってその案は困難になり、旧道をそのまま拡幅・改良する案も、橋とトンネルの数が多くなりすぎて工事費が膨らむという理由で退けられた。最終的に採用されたのが、薄別川から無意根大橋を経由する「薄別峡ルート」である。

この改良工事が完了し、定山渓と中山峠の間が冬でも通年通行できるようになったのは1969年(昭和44年)10月のことだ。定山渓トンネルは、この通年通行化を実現するための要となった構造物のひとつである。坑口には北海道内で初めてとなる幻惑防止用のルーバーが採用されており、当時としては先進的な設計思想が定山渓トンネルに盛り込まれていたことがうかがえる。

半世紀以上前に山を切り開いて造られた定山渓トンネルというだけあって、内部は今も独特の圧迫感がある。周囲は山に囲まれ、夜になると街灯もほとんどない。昼間でもやや薄暗いと感じる人が多く、この地形と照明の乏しさが、噂を後押しする土壌になっているのは想像に難くない。

定山渓トンネルで語られている心霊現象

定山渓トンネルをめぐる噂で、最も繰り返し語られているのが女性の霊の目撃談だ。定山渓トンネルを一人で通過した際に、助手席や後部座席に誰かが座っている気配を感じた、というドライバーの声が古くから伝わっている。以下に、定山渓トンネルにまつわる代表的な噂を整理した。

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北海道には、このトンネル以外にもこの手の噂が残る場所がいくつも点在している。岩見沢の青い屋根の家もそのひとつで、道内各地の山道や旧道には、地元の人間だけが知る話が今も静かに息づいている。定山渓トンネルの噂も、そうした土地の記憶の一部なのかもしれない。

今夜も定山渓トンネルの中を、温泉へ向かう車のライトが行き交っている。バックミラーを覗く一瞬、そこに映るのが本当に自分だけなのか、確かめる術は誰にもない。

それではまた次回のお話で会おう。

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