リドル・ハウスという名前を聞いて、レストランや博物館を思い浮かべる人は少ないだろう。
フロリダ州パームビーチ郡に建つこの古い屋敷は、1905年の建造から一度も「普通の家」として静かに終わったことがない。
墓地の管理小屋、市の所有物、市長の私邸、大学の寮、そして今は野外博物館の展示物。
用途が変わるたびに、決まって「誰かがまだ中にいる」という噂がついて回った。
今回は、リドル・ハウスの正体とは?フロリダに実在する首吊り自殺の心霊屋敷について紹介する。
リドル・ハウスの歴史——墓地の管理小屋から市長の家へ
リドル・ハウスの来歴は、単なる古民家の年表では片づけられない。
1914年、ウェストパームビーチ市がこの家を購入し「シティ・ハウス」と改名した。
市の所有物になった時点で、リドル・ハウスはすでに「誰かの持ち家」ではなく「公共の建物」という宙ぶらりんな立場に置かれている。
1920年にカール・リドルが取得してからは、市の実務を回す責任者の私邸として使われた。
しかし1923年、リドルは住民投票でリコールされる。
市長の座を追われた直後から、リドル・ハウスは職員の仮住まいという、目的のはっきりしない使われ方をされるようになった。
芸術家が買取!?
1972年には芸術家メアリー・アン・ヘイズが競売で21,000ドルを払い、フラグラー・アーツ・センターとして生まれ変わらせた。
1980年代初頭にはパームビーチ・アトランティック大学が購入し、学生寮として使用。半世紀のあいだに、墓地の小屋・市の所有物・市長の家・仮住まい・美術施設・大学の寮と、ここまで用途を転々とした建物はそう多くない。
リドル・ハウスという一つの木造建築が、フロリダの近代史をそのまま吸い込んでいるようなものだ。
こわくん100年で6回も使われ方が変わった家って、なかなか聞かないよ。
大学が校舎拡張のためリドル・ハウスを取り壊す計画を立てたのは1990年代前半のことだ。
ところが大学側は解体ではなく、南フロリダ・フェア運営委員会への寄贈を選んだ。
1995年8月12日から13日にかけて、ボランティアの手でリドル・ハウスは丸ごと解体され、現在の敷地であるイエスタイヤー・ビレッジへと移築された。
輸送のために建物は一度真っ二つに分割され、現地で再び組み立てられている。
州の歴史保存補助金45万ドルを投じ、1920年代当時の姿に復元されたのが今のリドル・ハウスだ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | リドル・ハウス(Riddle House) |
| 建造年 | 1905年 |
| 元の用途 | ウッドロウン墓地の管理人小屋・葬儀の取り次ぎ場所 |
| 名前の由来 | 1920年に取得した市長カール・リドル |
| 現在地 | イエスタイヤー・ビレッジ(南フロリダ・フェアグラウンズ内、ウェストパームビーチ) |
| 現在の用途 | 野外歴史博物館の展示施設・夜間ツアー会場 |
| 有名な逸話 | 使用人ジョセフの首吊り自殺、2008年Ghost Adventures出演 |
リドル・ハウスに伝わる心霊現象と噂の内容
リドル・ハウスの怪談の核にいるのは、ジョセフという名の使用人だ。
借金を苦にした彼は、リドル・ハウスの屋根裏で首を吊って命を絶ったと伝えられている。
ジョセフの死後、屋敷で働く人間が次々と辞めていった理由は、単なる噂話では片づけられないほど具体的だ。
以下、リドル・ハウスをめぐって語り継がれている現象を並べる。
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いかがだっただろうか
今回は、リドル・ハウスの正体とは?フロリダに実在する首吊り自殺の心霊屋敷について紹介した。
墓地の管理小屋として建てられ、市長の名を冠し、大学の寮になり、最後は解体されて博物館の展示物として生き延びた。
リドル・ハウスの100年余りの歴史そのものが、すでに一つの怪談じみている。
移築されてもなお同じ噂がついて回るのは、リドル・ハウスに憑いているものが建物ではなく、土地そのものだからかもしれない。
今のリドル・ハウスは、木曜と金曜の限られた時間だけ扉を開く、静かな博物館だ。
それでも予約制の夜間ツアーには全米から人が集まる。
100年前、墓地を見張るためだけに建てられた小屋が、今は死者の噂を見にくる生者を迎えている。
それではまた次回のお話で会おう。

