【アメリカ最恐】アミティヴィルの恐怖は実話なのか?デフェオ一家惨殺事件と28日間で家を捨てた一家の証言の真相

アミティビルの家の外観アイキャッチ画像、1974年一家惨殺事件の舞台となった住宅

ニューヨーク州ロングアイランドの港町アミティヴィルに建つ一軒の家は、「悪魔の棲む家」のモデルとして世界的に知られている。

1974年、この家で一家6人が惨殺される事件が起き、その13ヶ月後に越してきた家族はわずか28日で逃げ出した。

本記事では、アミティヴィル事件の詳細、家族が語った心霊現象、そして「その体験は本当だったのか」という長年の論争までを詳しく調べてきた!

今回は、【アメリカ最恐】アミティヴィルの恐怖は実話なのか?デフェオ一家惨殺事件と28日間で家を捨てた一家の証言の真相について紹介しよう。

目次

アミティヴィル事件の始まり——デフェオ一家惨殺事件

1974年11月13日、午前6時35分。アミティヴィルの家で6発のライフル音が響いた。この事件が、のちに世界的に知られる「アミティヴィル事件」の出発点となる。

通報したのは長男のロナルド・デフェオ・ジュニア、23歳。彼は「近所の男が家族を撃った」と警察に告げたが、その供述は数時間で崩れた。

ロナルド・デフェオ・ジュニア事件概要
発生日1974年11月13日
被害者父・母・長女(18)・次女(13)・次男(12)・三男(9)の計6人
判決6件の一級殺人罪で有罪・終身刑
デフェオの没年2021年3月(獄中死去)

両親と4人の弟妹は全員がうつ伏せで、抵抗した形跡がなかった。ベッドの上で、眠ったまま撃たれていたのだ。

取り調べでデフェオは供述を翻し、自分が全員を撃ったと認めた。動機を問われた彼はこう答えている。「一度始めたら、止まらなくなった」。

裁判では「家の中から声が聞こえて、家族を殺せと命じられた」ともデフェオは主張したワン。

精神鑑定の結果、この主張は責任能力を否定する根拠としては採用されなかった。現場の家は「オーシャン・アベニュー112番地」。三角形の窓が2つ並ぶ外観から、後に「悪魔の目」と呼ばれるようになる。

アミティヴィルの家に引っ越して28日、一家が語った心霊現象

事件から13ヶ月後の1975年12月18日、ジョージ・ラッツとキャシー・ラッツの夫婦が、キャシーの連れ子3人を伴ってアミティヴィルの家に移り住んだ。相場より格安の物件だったからだ。

その28日後、1976年1月14日、ラッツ一家はアミティヴィルの家財道具の大半を残したまま家を出た。ジョージが語ったアミティヴィルでの体験は以下の通りだ。

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いかがだっただろうか

今回は、【アメリカ最恐】アミティヴィルの恐怖は実話なのか?デフェオ一家惨殺事件と28日間で家を捨てた一家の証言の真相を紹介した。

アミティヴィルの家は、実際に起きた惨殺事件と、後から作られた怪奇現象が同じ住所で重なり合う、珍しいケースだ。アミティヴィルという地名だけが、今も一人歩きを続けている。

どちらも鵜呑みにせず、一次資料まで自分でたどってみると、アミティヴィルという地名の裏に、また違う恐怖が見えてくるはずだ。

それでは次回のお話で会おう。

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